周到に計画されたダウンフォール作戦が実行に移されず、幻に終わった背景には、1945年8月に起きた複数の決定的要因が複雑に絡み合っています。作戦中止の直接的な真相は以下の通りです。
第1の理由は、広島・長崎への原子爆弾投下です。マンハッタン計画によって原爆開発に成功した米国は、1945年8月6日に広島、8月9日に長崎へ原爆を投下しました。米軍首脳部には「莫大な犠牲を払う本土上陸作戦を行わずに、新型爆弾の圧倒的破壊力によって日本を早期降伏させる」という強い動機が働いていました。
第2の理由は、ソ連の対日参戦です。ヤルタ会談の極秘合意に基づき、1945年8月8日深夜、ソビエト連邦が日ソ中立条約を破棄して対日参戦を表明。満州や樺太へ侵攻を開始したことで、日本側が期待していた「ソ連仲介による和平交渉」の道は完全に断たれました。
第3の理由は、これら内外の急変を受けた日本のポツダム宣言受諾と終戦の決断です。8月14日の御前会議において昭和天皇の「聖断」が下り、日本は連合国の無条件降伏勧告を受け入れました。翌8月15日の玉音放送によって戦闘は停止し、上陸作戦を決行する必要性が完全に消滅したのです。