酩酊会見の代償は残酷でした。2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙で、中川氏は地元・北海道11区で敗北。比例復活も叶わず、父・中川一郎氏の代から守り続けてきた議席を失うこととなりました。
そして落選からわずか1カ月あまりが過ぎた2009年10月4日朝、東京都世田谷区の自宅2階の寝室で、中川氏がベッドの上で倒れているのが発見されました。妻の郁子氏らによって確認されたときにはすでに心肺停止状態であり、56歳での急死が確認されたのです。
世間では謀略による暗殺説や自殺説が飛び交いましたが、警視庁による検視および東京大学医学部での行政解剖の結果、事件性や外傷はなく、遺書も存在しないことが判明しました。体内からは微量のアルコールと通常治療薬レベルの睡眠薬成分が検出されましたが、致死量には遠く及ばず、公式な死因は「急性心筋梗塞などの循環器系疾患に伴う病死」と結論づけられました。
解剖所見からも明らかなように、大臣在任中からの極限的な過労、世界的なバッシングによる深刻な睡眠障害と精神的打撃、そして落選の落胆が重なり、心身ともに限界を超えていたことが死因の根底にあったことは間違いありません。政治家個人の健康管理の甘さは否定できないものの、ひとつの失態を巡って人格のすべてを否定し尽くすまで追い詰めるメディアスクラムの凶暴性が、一人の有為な指導者の生命を縮める結果を招いたことは否定できない事実です。