当時の国会会議録を繙くと、現在では考えられないほど生々しく鋭利な言葉の応酬が記録されています。焦点となったのは、日本国憲法第20条が定める「信教の自由」と「政教分離の原則」の解釈でした。
与党側は「宗教団体が特定の政党を強力に支援し、政治権力を行使しようとすることは、実質的な政教一致にあたるのではないか」と追及。宗教団体の公益性や非課税特権、指導者の発言力について徹底した情報開示を求めました。
これに対し、新進党および創価学会側は「憲法第20条が禁止しているのは、国家が特定の宗教に特権を与えたり宗教的活動を行ったりすること(国家の非宗教性)であり、宗教団体やその信徒が政治活動を行う自由を奪うものではない」と論陣を張りました。この解釈論争は平行線をたどりましたが、この激論を通じて「宗教法人の管理体制の強化」を柱とする改正宗教法人法が最終的に成立。法改正と引き換えに池田氏の喚問は見送られるという、政治的司法取引とも呼べる結末を迎えました。