事態が動いたのは2026年春。京都の洛中にある、かつて公家とつながりのあった旧家の蔵を整理していた際、二重底になった木箱から一巻の巻物が見つかった。
虫食いだらけの和紙に記されていたのは、表向きには公表されなかった豊臣一族の裏の系統図だ。これまでの歴史研究では、秀吉の直系は秀頼、そしてその息子の国松(斬首)、娘の天秀尼(東慶寺で出家)で途絶えたとされてきた。だが、この巻物はその定説に真っ向から異を唱える。
「まさか、こんなものが残っていたとは」と、発見に立ち会った古文書研究家は声を震わせる。そこには、大坂城落城の混乱期に、密かに九州へと逃れた秀吉の「側室の血筋」が実名入りで描かれていたのだ。