第1作『その男、凶暴につき』、第2作『3-4X10月』で鮮烈なバイオレンスを描いた北野武監督が、一転して純愛映画に挑んだ背景には、極めて緻密な計算と映画的挑戦がありました。当時、芸人・ビートたけしとしてのパブリックイメージから「マシンガントークの映画を撮るのだろう」と色眼鏡で見られていた状況を覆すべく採られたのが、「主人公とヒロインの台詞を完全に消し去る」という決断です。
本作における北野武監督の演出意図は徹底した「引き算の美学」に集約されます。物語の全体を通して、登場人物たちの説明的なセリフは徹底的に削ぎ落とされ、波の音、サーフボードにワックスを塗る摩擦音、サンダルの足音といった環境音だけが耳に届きます。この手法によって、観客は二人が生きる「静寂の世界」を追体験することになります。
また、いちばん静かな海。 伏線考察の詳細まとめとして興味深いのは、映画全体に散りばめられた「死の不吉な予兆」の数々です。冒頭近くで粗大ゴミとして捨てられていた欠けたサーフボード、海辺に不気味に佇むテトラポット、周囲のサーファーたちによる冷淡な視線、そして茂の乗る車やバスがフレームアウトしていく反復運動。北野映画に共通する「反復と差異」の文法が、茂の避けられない運命を静かに予告していたことが分かります。過剰な感情表現を拒絶するからこそ、ふとした瞬間の笑顔や視線が奇跡のような輝きを放つのです。