上島さんの死因や動機をめぐっては、当時SNSやネット掲示板を中心に様々なフェイクニュースや偏った言説が流布しました。その代表的な誤解と、現在判明している客観的事実を検証します。
誤解1:「ダチョウ倶楽部の不仲や解散危機が原因だった」というデマ
一部のゴシップ系サイトではメンバー間の不仲説が取り沙汰されましたが、これは完全な虚偽です。リーダーの肥後克広さん、寺門ジモンさんとの信頼関係は晩年まで強固であり、訃報直後も二人は「ダチョウ倶楽部は解散しません。上島を含めた3人でダチョウ倶楽部です」と涙ながらに宣言しました。実際、舞台裏でも互いをリスペクトし合う盟友関係が続いていました。
誤解2:「仕事が完全に激減して金銭苦に陥っていた」という言説
コロナ禍でバラエティの演出に制限がかかったことは事実ですが、収入面での困窮が直接の引き金になったわけではありません。前述の通り、ドラマ出演やCM契約、YouTubeなど新たなフィールドでのオファーは継続していました。経済的な困窮ではなく、「芸人としてのお笑いができないことへの焦燥感」という内面的なプロフェッショナルとしての苦悩が本質でした。
誤解3:「強い鬱病で長期通院していた」という噂
上島さんが精神科や心療内科に長期入院していたといった事実はありません。ただし、妻のひかるさんは「晩年はネガティブな発言が増え、将来への不安を口にすることが増えていた」と振り返っています。誰にも相談できないまま、アルコールと孤独が思考を狭窄させてしまった「メンタルヘルスの見えないサイン」を見過ごしてしまったことへの悔恨が、手記には深く刻まれています。