本作を語る上で欠かせないもう一つの決定的な言葉が、劇場公開時の宣伝ポスターに躍ったキャッチコピー「カッコイイとは、こういうことさ。」です。この元ネタとなったフレーズを手掛けたのは、スタジオジブリ作品の黄金期を言葉で支えた稀代のコピーライター・糸井重里氏でした。
このコピーが誕生した背景には、宮崎駿監督自身が抱えていた強い葛藤がありました。制作当初の『紅の豚』は、日本航空(JAL)の国際線機内上映用として企画された、わずか約15分〜30分程度の中編アニメーションでした。「頭をからっぽにして、ビジネスマンがビール片手に気楽に楽しめる飛行機コメディ」を目指していたのです。
しかし、制作が進行していた1991年当時、舞台となったアドリア海沿岸の現実世界ではユーゴスラビア紛争が勃発。昨日まで平和に暮らしていた人々が民族対立によって血で血を洗う内戦に突入していく現実を前に、宮崎監督は「ただの能天気な飛行艇アニメを作ることなどできない」と苦悩を深めました。
結果として映画は長編劇場用作品へと拡大され、主人公は自らの老いや傷、戦争の血生臭さを一身に背負った重厚なキャラクターへと変貌を遂げました。そこで糸井重里氏が提示したのが、「カッコイイとは、こういうことさ。」というコピーでした。
この「カッコイイ」は、若く無傷なヒーローが放つ輝きではありません。自らの弱さや過去の痛手を引き受け、世間の流行や体制に迎合せず、誰に見せるためでもなく自分の定めた流儀を守り通すこと。それこそが成熟した大人の真の格好良さであるという強いメッセージが込められており、結果として映画の興行的大成功を決定づける強力な推進力となりました。