宇多田照實氏の足跡を辿るうえで欠かせないのが、若き日に渡米し、本場の音楽文化を肌で吸収した異色のキャリアだ。単身アメリカへ渡り、海外のスタジオワークやプロデュース手法を独学で習得。帰国後は、当時怨歌の女王として一世を風靡していた歌手の藤圭子氏と出会い、結婚と離婚を繰り返す波乱に満ちた人生を歩み始める。
彼の最大の功績は、従来のアナログな日本の歌謡曲スタイルに、本場アメリカのR&Bのグルーヴ感とモダンなサウンドプロダクションを融合させた点にある。洋楽のテイストを妥協なくJ-POPへと落とし込むその先見の明は、後に娘の才能を開花させる決定的な土壌となった。