ネット上では時に「一風堂とすみれはライバル企業として敵対しているのではないか」といった噂が囁かれますが、実際の構図はまったく異なります。結論から言えば、両者は互いの実力を認め合い、平成以降の日本ラーメンカルチャーを牽引してきた「無二の戦友」です。
両者の運命が交差した最大の契機は、1994年3月の「新横浜ラーメン博物館」開館でした。全国から選りすぐりの名店を一堂に集めるという当時前代未聞のプロジェクトにおいて、九州代表として招聘されたのが一風堂の創業者・河原成美氏であり、北海道代表として口説き落とされたのがすみれの当時の店主・村中伸宜氏(現・代表取締役会長)でした。
当時、博多豚骨ラーメンは「独特の強い獣臭がして女性や若者には敬遠されがち」、札幌味噌ラーメンは「油っこくて重い」という固定観念が一部に根強く残っていました。しかし、河原氏が作り上げた「臭みがなくシルキーでスタイリッシュな豚骨」と、村中氏が継承・進化させた「熱々のラードで蓋をした濃厚かつスパイシーな味噌」は、ラーメン博物館のオープンと同時に全国的な大ブームを巻き起こしました。
当時の特番インタビューや業界関係者の証言によると、オープン当初の激しい混雑の中、両氏は互いの厨房を行き来し、スープのブレやオペレーションについて熱狂的に語り合っていたといいます。単なる競合関係ではなく、地方の一ラーメン店から全国区のブランドへと飛躍する過程で、同じ志を持つ同志として強固な信頼関係が築かれました。この新横浜での熱い共闘関係こそが、のちのセブン-イレブンでの歴史的プロジェクトへと結びついていきます。