現在でこそ「気さくな関西弁(讃岐弁混じり)の肝っ玉タレント」というイメージが定着している松本明子ですが、芸能界入りの原点は伝説のオーディション番組『スター誕生!』第44回決戦大会の合格(1982年)にあります。同番組で山口百恵や桜田淳子、中森明菜らを世に送り出した審査員陣のメガネにかない、翌1983年に渡辺プロダクションから歌手として華々しくデビューを飾りました。
当時のキャッチフレーズは「アッコ、トレビアン」。デビュー曲『♂×♀×Kiss(オス・メス・キス)』のジャケットや当時のプロモーション写真を振り返ると、透き通るような白い肌に大きな瞳、清楚なボブカットが際立つ、非の打ちどころのない正統派美少女そのものです。ネット上でも定期的に当時のポートレートが発掘され、「昭和のアイドルの中でも顔立ちの完成度がズバ抜けている」「今デビューしてもトップアイドルになれるレベル」と絶賛を集めています。
歌唱力に関しても『スター誕生!』で鍛え上げられた確かな実力を持っており、事務所側も当初は「第二の松田聖子」「ポスト山口百恵」の系譜を継ぐ本格派ボーカリストとして売り出す戦略を描いていました。しかし、この華々しい船出こそが、後に彼女を追い詰める過酷な試練の序章となったのです。