2016年6月15日、ペトコ・パークで行われたパドレス戦。マーリンズのユニフォームを着たイチロー氏が放ったライト線へのツーベースヒットによって、日米合算の数字が4,257本に達し、ピート・ローズ氏が保持していたメジャー歴代最多安打記録(4,256本)を数字の上で抜き去りました。この歴史的瞬間はギネス世界記録4367本の真相として知られる通り、「プロ野球における通算最多安打(Most hits in a baseball career)」としてギネスワールドレコーズに正式認定されています。
しかし、この快挙に対して冷水を浴びせるような論争が巻き起こりました。当のピート・ローズ氏が地元紙の取材に対し、「日本のプロ野球はメジャーと同等ではない」「タカギ(高校野球)の記録まで入れるようなものだ」と語気を強めて不快感を露わにしたのです。米国内のメディアでも、ESPNや地元放送局を中心に「日米の記録を足し合わせるのはフェアではない」とするローズ擁護論と、「27歳から渡米して3,000本を打ったのだから、仮に最初からMLBにいれば4,500本打っていた」とするイチロー絶賛論が真っ向から対立しました。
ここで整理すべきは、イチロー通算安打MLB非公認の理由です。MLB機構(メジャーリーグベースボール)が公式にイチロー氏を歴代安打王として認定しないのは、人種差別や恣意的な排除ではなく、リーグの記録管理規則に基づいているからです。MLBの公式スタッツは、ナショナル・リーグおよびアメリカン・リーグ(ならびに過去に公認されたニグロリーグ等)の公式戦のみを計上する独立した枠組みを持っています。日本のNPBは全く別の独立したプロ野球組織であるため、NPBの安打をMLBの公式記録として合算することは制度上不可能なのです。
この騒動の渦中、イチロー氏自身が放った言葉は極めて理知的で、かつ周囲への敬意に満ちていました。試合後の公式会見でローズ氏の発言について問われたイチロー氏は、皮肉交じりの笑顔を見せることもなく、こう答えています。
「ここにゴールを設定したことがないので、実はそんなに大きなことではない。僕としては、チームメートやファンが喜んでくれた、それがすべてです。ピート・ローズは4,000本以上のヒットを全部メジャーで打っている。そこには比べるべくもない大きな価値がある」
自分を誇示することなく、相手の積み上げた歴史に敬意を払いながら、自らの歩んできた道にも静かな誇りを持つ。この会見での態度こそが、米国の記者やファンを深く感服させ、記録の扱いを超えた「イチローという人間の器」を印象づける決定打となりました。