物語の全貌を把握する上で欠かせないのが、モーツァルト『魔笛』のあらすじにおける巧妙な二重構造です。プロローグにおいて、大蛇に襲われた王子タミーノは夜の女王の侍女たちに救出されます。直後に姿を現した夜の女王は、神殿の主であるザラストロに愛娘パミーナを誘拐されたと涙ながらに訴え、タミーノに魔法の笛を授けて娘の救出を懇願します。この時点では、観客の誰もが夜の女王を「悲哀に満ちた高貴な母」、ザラストロを「冷酷な悪党」と認識します。
しかし、神殿に潜入したタミーノが目にした実態は正反対のものでした。ザラストロは邪悪な悪魔などではなく、理性、知恵、美徳を重んじる賢人集団の指導者であり、邪悪な母の影響からパミーナを守るために彼女を保護していたのです。ここで善玉と悪玉が完全に反転し、魔笛における夜の女王の正体は、自らの権勢を取り戻すために若者を欺き、娘の精神をも支配しようとする闇の君主であることが露呈します。
この劇的な逆転劇の起点となったのが、魔笛におけるザラストロとの関係と経緯です。パミーナの父である先代の王は、死の直前に絶大な力を持つ「太陽の七重の輪」を妻である夜の女王ではなく、盟友ザラストロに遺贈しました。男性原理と理性を象徴する神殿側に権力を奪われた夜の女王は、深い屈辱と復讐心を募らせ、娘パミーナを奪還することで自らの覇権を回復しようと暗躍していたのです。