安野光雅の真価は、絵本だけに留まりません。歴史小説の巨匠・司馬遼太郎がライフワークとした週刊朝日の連載『街道をゆく』において、1991年から装画(表紙絵)を担当したことは広く知られています。
司馬遼太郎が丹念に掘り起こす各地の歴史と風土に寄り添いながら、安野光雅が描いた風景は、単なる挿絵の枠を超えて旅の詩情そのものを提示しました。司馬氏が急逝した後も、安野氏は自らの足で街道を訪ね、哀悼と敬意を込めて透明感ある風景画を描き続けました。この画業は後に画集や展覧会・原画展として結実し、歴史ファンや絵画愛好家の間でも絶大な評判と高い評価を集めました。
また、文筆家としても卓越した才能を発揮し、『空想工房』『空想の絵画館』『小さな家の昔話』など多数のエッセイ・著作を残しています。数学、文学、古典落語、科学史、さらには日常のささやかな疑問に至るまで、軽妙洒脱な語り口で綴られる文章は、読む者に知的な贅沢を提供します。絵と文の双面において、人間という存在への尽きない愛情と観察眼が貫かれていました。