記者クラブに所属するいわゆる「サツ回り」の若手記者にとって、最大の任務は殺人や強盗などの凶悪犯罪を扱う「警視庁捜査一課」の取材です。大手各社から送り込まれた精鋭たちは、毎日の定例発表を原稿にするだけでは評価されません。他社を出し抜く「特ダネ」を掴むため、彼らが身を投じるのが、古くから続く「夜討ち朝駆け」と呼ばれる取材手法です。
捜査一課の管理官や係長、現場を統括する警部の自宅を割り出し、早朝5時前から玄関先で待ち伏せる「朝駆け」。そして、深夜0時を過ぎて帰宅する捜査員を暗闇の中で待ち受ける「夜討ち」。ある大手紙元社会部記者は、自著の手記の中でその異様な過酷さを次のように吐露しています。
「真冬の寒空の下、何時間も凍えながら立ち尽くし、帰宅した捜査幹部に『お疲れ様です』と声をかける。最初の数ヶ月は無視され、罵声を浴びせられるのが日常茶飯事だった。しかし、相手の好む銘柄の酒やタバコを把握し、家族構成や趣味まで調べ上げ、泥臭く顔を売り続けることで、ある日ふと玄関のドアが開き、靴脱ぎ場に上げてもらえる。そこで交わされる数言の雑談の中に、事件の決定的な鍵が転がっている」
プライベートの境界線を侵食してまで築かれる人間関係は、一見すると記者の執念の結晶のように映ります。しかし、その実態は「捜査関係者と記者の個人的な共依存」に他なりません。捜査幹部にとって都合の悪い不祥事をもみ消す引き換えに、次なる事件の容疑者特定情報を得るといった、危険な取引の温床にもなり得るのです。