クリムトとの芸術的交流ばかりが注目されがちだが、ビジネスパーソンとしての手腕も並外れていた。彼女が経営したサロン「シュヴェスターン・フローゲ」は、最盛期には80人を超えるお針子や職人を抱えるウィーン有数の高級オートクチュールハウスへと成長した。
サロンの内装は、当時最先端のデザイン集団「ウィーン工房」のヨーゼフ・ホフマンらが手がけ、アヴァンギャルドな空間として文化人たちのサロンとしても機能した。パリの流行をただ模倣するのではなく、ウィーン独自のモダンな感性を盛り込んだオーダーメイド服を提供し続けた手腕は、現代のクリエイティブ・ディレクターの草分けと言える。