トルコの人々自身は、自らのアイデンティティをどのように捉えているのでしょうか。その深層を解き明かすには、数千年に及ぶ移動と交錯の歴史をたどる必要があります。
現代のトルコ人種民族構成を見ると、多数派を占めるトルコ系住民(約70〜75%)のほか、東部を中心に暮らすクルド系住民(約18〜20%)、さらにはアラブ系、チェルケス系、アルメニア系、ギリシャ系など極めて多様なルーツが混在しています。かつて中央アジアのアルタイ山脈周辺から西進してきた騎馬遊牧民のテュルク系民族が、アナトリア半島に先住していたギリシャ系、アルメニア系、ペルシャ系、スラヴ系の住民と通婚と混血を何世代にもわたって繰り返しました。そのため、外見的にも北欧風の金髪碧眼から地中海風の褐色肌、アジア的な顔立ちまで多種多様であり、単一の人種的枠組みに収めることは不可能です。
精神文化を決定づけたトルコ文化宗教歴史の転換点は、1923年の共和国建国にあります。約600年間君臨したオスマン帝国はイスラム法に基づく多民族国家でしたが、「建国の父」ムスタファ・ケマル・アタテュルクは徹底した西欧化と世俗主義(ライシテ)を断行しました。アラビア文字を廃止してラテン文字を導入し、イスラム暦から西暦への改暦、一夫一婦制の確立、女性参政権の早期付与など、社会制度を急速にヨーロッパ水準へと刷新したのです。
国民の98%以上がイスラム教徒(主にスンニ派)でありながら、憲法で国教を定めず、政教分離を国是とする体制は、中東のアラブ諸国とも西欧キリスト教諸国とも異なる独自の社会的土壌を育みました。アザーン(礼拝の呼びかけ)が響き渡る街頭のすぐ隣で、若者たちがオープンカフェでビールを片手に語り合う光景こそが、トルコ社会のリアルな息吹を象徴しています。