アルバム『カフェ・ブルー』(Café Bleu)のレコーディングがロンドンのスタジオで始まったとき、レコード会社はヒットシングル「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」のようなキャッチーな楽曲が並ぶ作品を期待していた。しかし、スタジオの扉の向こうで繰り広げられていたのは、商業的な期待を真っ向から裏切る実験の数々だった。
当時のセッションに関わったエンジニアは、現場の空気をこう証言する。「ポールは朝一番にスタジオに入ると、前日に書いたアコースティックのスケッチを破り捨て、タルボットと延々とジャズの即興演奏を始めた。プロデューサーもレーベル幹部も顔面蒼白だったが、彼らは誰の指図も受け付けなかった」。
当時のポリドール・レコードの重役たちは、インストゥルメンタルや語り、さらにはイギリス最初期とも言えるラップの導入に激しい難色を示したという。だが、ウェラーは一歩も引かなかった。商業的な成功の保証をかなぐり捨て、自らの審美眼だけを信じて刻み込まれたグルーヴ。その張り詰めた緊張感こそが、本作を半世紀近く色褪せないマスターピースへと昇華させた原動力だった。