空前の漫才ブームが落ち着きを見せた後、多くの芸人が次の一手を模索する中で、彼は静かに、しかし激しい情熱をもって自らの新たな道と向き合っていた。相方の山田ルイ53世が文筆家やラジオのパーソナリティとして確固たる評価を得ていく傍ら、彼が心奪われたのが国産葡萄のみを使って造られる「日本ワイン」だったのだ。
北は北海道から南は九州まで、過密スケジュールの合間を縫っては全国各地のワイナリーへと直接足を運んだ。泥に塗れて土を触り、葡萄の木を観察し、醸造家たちの汗と苦悩に耳を傾ける。単にグラスを傾けるだけでなく、日本の風土が育む味わいの深さにどこまでも没頭していった。