1971年、弱冠15歳にして『ベニスに死す』のタジオ役に抜擢されたビョルン・アンドレセン。メガホンをとった巨匠ルキノ・ヴィスコンティによって「世界一の美少年」のラベルを貼られた瞬間から、彼の人生の歯車は複雑に狂い始めた。メディアからの異常な好奇の目、そして当時の映画業界における大人の欲望に晒され続けた彼は、自らの美貌を「呪い」とさえ表現している。
アイドル視される狂騒の中でカンヌ国際映画祭を経験し、日本でも空前のブームを起こした。しかし、本人の意思とは裏腹に商品として消費される日々に疲弊した彼は、次第にスクリーンから距離を置き、スウェーデンでミュージシャンや舞台俳優として静かに活動を続けていた。そうした半世紀近くに及ぶ沈黙を経て、彼を再び世界の表舞台に引きずり出したのが、気鋭のスタジオA24が贈る映画『ミッドサマー』だった。