治承4年(1180年)、石橋山の戦いに敗れた源頼朝が伊豆の真鶴から小舟で海を渡り、起死回生の一歩を記したのがここ安房国だった。伝承によれば、頼朝が命からがら漂着した浜こそが、まさに現在の南無谷海岸である。傷ついた将兵を休ませ、関東の武士団を再び糾合して後の鎌倉幕府へと繋がる大逆転劇を起こした原点が、このささやかな砂浜に秘められている。
頼朝の妻である北条政子もまた、夫の苦難の時代を支え、この地に息づく武家の絆を物語る存在として知られる。地元の古老たちが語り継ぐエピソードや周辺に残る石碑を辿ると、武家社会の黎明期に生きた人々の切迫した息遣いが、潮風に乗って今も伝わってくるかのようだ。