街を取り囲んだのは、若干20代前半の青年首領ヤコフ・トリャピーツィン率いる赤色パルチザン部隊だった。革命の熱狂と個人的な残忍さを併せ持つトリャピーツィンは、ボリシェヴィキの正規軍統制すら受け付けない無法集団を束ね、雪深き要塞都市を包囲した。
当初は交戦を避けるための停戦協定が結ばれたものの、武装解除を迫る過激派の圧力と不信感から緊張は一気に沸点へと達する。3月、日本軍守備隊の奇襲をきっかけに市街戦が勃発。兵力で圧倒的に劣る日本側部隊は追い詰められ、街はパルチザンによる無差別なテロルと略奪の坩堝へと叩き落とされた。