杜の都・仙台で過ごした高校時代、ダルビッシュ有の名は瞬く間に全国へと轟いた。東北高等学校のエースとして春夏合わせて4度も甲子園の土を踏み、高校野球ファンを熱狂の渦に巻き込んだ光景は記憶に新しい。
特に圧巻だったのは2年生春の選抜大会、熊本工業戦で見せたノーヒットノーランだ。長身から投げ下ろす角度のある直球と、ブレーキの利いた変化球のコンビネーションは、高校生離れした完成度を誇っていた。続く第86回全国高等学校野球選手権大会でも、右肩の違和感を抱えながらマウンドを守り抜き、チームを牽引した。
当時の彼は、細身でしなやかなフォームから天性の感覚でボールを操る「天才少年」だった。マウンドで見せるふてぶてしいまでの落ち着きと、時折覗かせる10代特有の脆さ。その危うい魅力こそが、日本中を惹きつける怪物のプロローグだった。