蕎麦職人の仕込み現場において、つゆの味を決定づけるのが「かえし」の調合です。かえしには、火を入れてアルコールや生醤油の角を取る「本がえし」と、非加熱で仕込む「生がえし」が存在します。
江戸の蕎麦店では、もりそば用には醤油の風味をキリリと立たせた辛口のかえしを合わせ、出汁も厚削りの鰹節から取った力強い二番出汁をブレンドするのが通例でした。一方、ざるそばには「最高級の本醸造醤油、純米本みりん、上白糖」を黄金比率でブレンドし、数週間甕(かめ)で寝かせたまろやかな本がえしを使用します。さらに割り下となる出汁には、雑味のない本枯節から引いた一番出汁を惜しみなく注ぎ入れます。
このように、江戸時代の蕎麦屋では「仕込みの原材料費と熟成にかける手間」が明確に異なっていました。現代の一般的な蕎麦店では共通のつゆが使われるケースが主流化しているものの、老舗の手打ち蕎麦処で今なおざるそばにつゆの別誂えが残っているのは、この職人技の歴史を継承しているためです。