堀江淳とメモリーグラスの真実|女性目線の誕生秘話と死亡説の裏側

堀江淳とメモリーグラスの真実|女性目線の誕生秘話と死亡説の裏側

堀江淳とメモリーグラスの真実|女性目線の誕生秘話と死亡説の裏側にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

1960年10月19日、北海道苫小牧市に生まれた堀江淳は、10代の頃からコンテスト荒らしとして頭角を現しました。1979年に開催された第1回CBS・ソニーオーディションに合格したことで、プロへの切符を手にします。同期にはHOUND DOGなどが名を連ねる激戦区の中、デビュー曲『メモリーグラス』はいきなりオリコンシングルチャート最高3位を記録。累計売上は70万枚を突破し、公称ではミリオンセラーに迫る爆発的セールスを記録しました。

作詞・作曲を自ら手掛けていたため、20代前半の青年に流れ込んだ印税は莫大な額に達しました。当時の歌謡界におけるデータと本人の証言を検証すると、その規模の凄まじさが浮き彫りになります。

項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価セールス実績オリコン最高3位/累計約70万枚1981年年間トップ30入りデビュー作としては異例のメガヒット当時の印税規模推定数千万円規模(作詞・作曲手掛け)大卒初任給約12万円の時代若手ミュージシャンとしては桁外れの巨利有線・カラオケ波及有線大賞新人賞受賞/現在も稼働中数年で忘却されるヒット曲が大半40年以上にわたり歌唱印税を生む名盤その後の音楽活動年間数十本規模のツアー・楽曲提供一発屋の多くは業界から完全引退地道な現場主義でプロ演奏家を堅持

しかし、突如として手にした大金は、20代の青年に重税の苦難をもたらしました。翌年訪れた高額な住民税の請求に驚愕し、高級外車を手放さざるを得なくなったエピソードは、のちにバラエティ番組でも自虐的に語られています。さらに第2弾、第3弾のシングルがデビュー曲の巨大な影を超えることができず、世間からは無情にも「一発屋」の烙印を押されることになりました。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。