ラジオ会館が「アキバの顔」と呼ばれる背景には、70年以上にわたる街の変遷と歩みを共にしてきた重厚な歴史が存在します。
終戦直後の神田周辺で露店を営んでいたラジオ部品商たちが、GHQによる露店撤廃令を契機に集まり、1950年に木造平屋建ての共同店舗としてスタートを切ったのが始まりです。1953年には3階建て、1962年には秋葉原初となる高層ビル(8階建ての旧館)へと姿を変え、真空管や電子パーツを扱う専門店がひしめく電気街のシンボルとなりました。
1970年代から80年代にかけては、マイコンや初期のパーソナルコンピュータ、オーディオ機器のメッカとして名を馳せました。その後、1990年代後半から2000年代にかけて街の主役がアニメやゲーム、フィギュアといったサブカルチャーへとシフトしていく波にいち早く適応し、ホビーショップやカード専門店を次々と誘致していったのです。
しかし、半世紀以上が経過した旧ビルは耐震性能の不足や老朽化が深刻化し、2011年夏に建て替えのため一時閉館を余儀なくされました。「街の魂が失われるのではないか」と惜しまれつつも、約3年間の工事期間を経て、2014年7月に新本館としてグランドオープン。最新の耐震基準と近代的な設備を備えながらも、あの象徴的な「世界のラジオ会館」のネオンデザインを継承し、現代のポップカルチャー発信地として完全復活を遂げました。