ネット上のまとめ記事やSNSの書き込みでは、時折「小林旭が浅丘ルリ子を捨てて、天下の美空ひばりに乗り換えた」という単純化された言説が見受けられます。しかし、これは実態を著しく歪めた誤解です。
一次資料や関係者の証言を丹念に洗い直すと、小林旭自身もひばりとの結婚によって大きな代償を払っています。ひばりの母・喜美枝氏による徹底した私生活への干渉、小林家の家風との激しい衝突、そして入籍を拒絶され続けた末の「未練婚約破棄」会見など、小林自身もまた興行界の巨大な歯車に翻弄された被害者の一面を持っていました。
また、「浅丘ルリ子が小林旭を生涯恨んでいた」という見方も完全な誤りです。浅丘自身、2000年代以降の各種インタビューにおいて、「旭さんと過ごした数年間は、私の人生の中で最も美しく、情熱的な青春だった」と公言しています。恨みや後悔ではなく、激動の昭和映画界を共に駆け抜けた同志としての情愛が、最初から根底に流れていたのです。