脱退後のTakaを待ち受けていたのは、自由な解放感ではなく、過酷な現実でした。「森進一・森昌子の長男」という肩書は、どこへ行っても付きまといました。慶應義塾湘南藤沢高等部へ進学したものの、周囲からの好奇の視線や「親の七光りで特別扱いされている」という心ない陰口に晒され、精神的に孤立を深めていきます。
音楽への情熱を断ち切れず、次第に学校へ通わなくなったTakaに対し、学業優先を厳命していた両親との対立は決定的なものとなりました。高校1年生の3月、Takaは自らの意志で慶應義塾湘南藤沢高等部を自主退学します。この決断に激怒した父・森進一から「一人で生きていけ」と勘当同然で家を追い出され、親子関係は完全に断絶しました。
渋谷の飲食店でアルバイトをしながら、音楽学校に通い、友人宅を転々とする日々。自活のために皿洗いや厨房業務を深夜までこなしながら、知人と組んだインディーズバンド「Chivalry of Music」でライブハウスのステージに立ち始めました。当時の動員はわずか数人から数十人程度でしたが、この時期に培った「マイク1本で観客を振り向かせる現場叩き上げの気迫」が、後のシンガーとしての骨格を作りました。
転機となったのは2005年春。当時、新たなバンドのボーカルを探し求めて都内のライブハウスを巡っていた現リーダーのToru(ギター)が、Takaのライブを偶然目撃します。圧倒的な声量と天性のピッチの良さに衝撃を受けたToruは、Takaが働くアルバイト先まで執拗に足を運び、「一緒にバンドをやろう」と熱烈に口説き落としました。当初は再度の芸能活動に慎重だったTakaでしたが、Toruの揺るぎない熱意に心を動かされ、スタジオでセッションを敢行。ここにONE OK ROCKが正式に始動することとなったのです。