浅草の雷門通りから少し入った路地に佇んでいた櫻田が、なぜこれほどまでに熱烈な支持を集めたのか。その核心は、単なる懐石料理や郷土料理の枠を完全に超越した「徹底した文献考証に基づく江戸伝統料理の再現」にありました。
店内には全席に本格的な掘りごたつ式の囲炉裏が切られ、中央には赤々と燃える紀州備長炭。そこで提供されたのは、江戸初期の『料理物語』や『名物鑑』といった古文書を読み解いて復元された「狩場焼き」のコースでした。肉類を禁忌としていた建前の一方で、江戸庶民や武士が「山鯨(猪)」や「紅葉(鹿)」と称して密かに楽しんでいたジビエ食文化を、現代に見事に蘇らせていたのです。
看板コースで供された具体的な食材と技法には、以下のような際立った特徴がありました。
- 天然ジビエの狩場焼き:丹波や信州などから直送される猪肉、鹿肉、野鳥(鴨やウズラ)を、職人が丁寧に下処理し、特製の味噌ダレや醤油ダレを絡めて客自らが炭火で炙るスタイル。
- 江戸幻の調味料「煎り酒」:醤油が普及する以前の室町末期から江戸初期に使われていた、日本酒に梅干しと鰹節を入れて煮詰めた調味料を復元。白身魚や野菜をさっぱりと引き立てる上品な酸味が絶賛されました。
- 軍鶏(しゃも)鍋と川魚料理:鬼平犯科帳の世界を想起させる濃厚な軍鶏の鍋や、生きたまま串打ちされた鮎や岩魚の塩焼きなど、野趣あふれる江戸前の豪快さを堪能できました。
当時のメニューの平均客単価は夜で8,000円〜15,000円前後。現代の高級ジビエ割烹が2万〜3万円を超えることを考えれば、本物の炭火設備と稀少な野生肉を用いながらも、極めて良心的な価格設定を維持し続けていた名店でした。