進路の行き詰まりを感じていた高校2年生の夏、地元・神戸の街で芸能事務所のスタッフからスカウトを受けました。気分転換のつもりで受けたオーディションに合格し、2003年に雑誌『Seventeen』の「ミスセブンティーン」に選出。瞬く間にSeventeenモデル時代のトップランナーへと駆け上がります。さらに同年、ドラマ『美少女戦士セーラームーン』の火野レイ(セーラーマーズ)役に抜擢され、本格的な撮影が東京でスタートしました。
ここで浮上したのが、学校生活との両立という致命的な問題でした。大阪女学院は伝統ある全日制の進学校であり、芸能活動を原則として一切認めていませんでした。大阪と東京を新幹線で往復しながら朝から晩まで撮影をこなす生活は物理的に限界を迎え、彼女は苦渋の決断としてクラーク記念国際高等学校(通信制・東京キャンパス)への編入を選びます。
伝統進学校を去る決断には、周囲から「せっかく中学受験して入った名門校を捨てるのか」という惜しむ声も少なくありませんでした。しかし、この転校理由の本質は学業の放棄ではなく、「一度決めた表現者の道を中途半端にせず、同時に大学進学も諦めない」という、極めて現実的かつ前向きな選択だったことがわかります。