インターネット上のレビューや短評では、グスタヴという人物について「裕福な老婦人を手玉に取って遺産を狙うジゴロ」「上流階級に媚びを売るスノッブな男」といった一面的な見方が散見されます。しかし、これは作品の意図を根本から見誤った誤解です。
本作の本質的なドラマは、社会の頂点に君臨する老婦人たちを相手にするグスタヴと、家族も祖国も戦争で奪われ、パスポートすら持たない不法移民のゼロという、対極の二人が結んだグスタヴとゼロの深い関係性にあります。
グスタヴはゼロを単なる小間使いとしてではなく、対等な人間として、そして自身の美学を受け継ぐ唯一無二の弟子・家族として育て上げました。映画の中でグスタヴは2度、命を賭してファシストの軍隊からゼロを庇います。一度目は無名の一青年に過ぎなかったゼロのために、二度目は自らの命を奪われる結末になると知りながら、理不尽な暴力からゼロを守るために立ち向かいました。
グスタヴが求めていたのは金銭的な贅沢そのものではなく、「どれほど世界が残酷で野蛮になろうとも、人間としての礼節、詩への愛、他者への慈しみだけは手放さない」という一種の信仰でした。老ゼロが語る以下の言葉に、グスタヴの真実が集約されています。
「彼の世界は、彼が足を踏み入れるよりずっと前に消え去っていた。だが彼は、実に見事な優雅さでその幻想を保ち続けたのだ」