新宿高野の歴史は、新宿の街の近代化と完全に軌を一にしています。1885(明治18)年、日本鉄道品川線(現在のJR山手線・埼京線)の開通に伴って新宿駅が開設された同年に、高野吉太郎氏が「高野商店」を創業しました。
創業当初は、蚕のまゆや地元武蔵野の農産物、果物を扱う小さな商店でした。しかし、街の発展を見越してフルーツ専門店へと舵を切り、1920(大正9)年には当時まだ珍しかった高級温室マスクメロンの取り扱いを開始。1926(大正15)年には、現在のフルーツパーラーの原型となる「洋生菓子と果実の喫茶部」を開設しました。
戦後の復興期を経て、1969(昭和44)年に現在の原型となる本格的な複合商業ビルとして「新宿高野ビル」が竣工。単に果物を売るだけでなく、「フルーツのある豊かなライフスタイル」を発信する拠点へと昇華させました。140年を超える歴史の中で培われた果物への鑑識眼と品質へのこだわりが、現在もビルの隅々に息づいています。