白光真宏会の設立者である五井昌久(ごい まさひさ、1916–1980)氏は、戦後の混乱期において独自の霊的体験を経て「世界平和の祈り」を提唱しました。五井氏が生前残した膨大な講話録や手記、当時の対談記録を紐解くと、昭和の文壇関係者、学者、芸術家、一部の芸能関係者が五井氏の個人邸や集会を訪れていた事実が記録されています。
当時、五井氏と接点を持った著名人たちが惹かれたのは、「特定の戒律や高額なお布施を求めないシンプルな思想」でした。「消えてゆく姿」「世界人類が平和でありますように」と祈るだけの平易な実践法は、過酷な競争と虚栄に晒される表現者たちにとって、一種のメンタルヘルスケア・精神安定の役割を果たしていました。
当時の特番インタビューや回想録でも、五井氏と面会した文化人が「宗教家というよりも、包容力のある人生相談の相手として対話を求めていた」と述懐しているケースが目立ちます。昭和芸能界特有の「個人的な精神的サロン」としての繋がりが、後年のネット社会において「教団と芸能界の癒着」という尾ひれをつけて語り継がれる要因となりました。