その歩みは、日本の近代大衆娯楽の歴史そのものと言っても過言ではない。1902(明治35)年、興行師・木下仁一によって興された一座は、幾多の時代の大波を乗り越えてきた。戦乱や自然災害、さらには社会構造の激変といった幾多の危機に直面しながらも、常に新しい技と演出を取り入れ、テントの灯を絶やすことはなかった。
単なるノスタルジーにとどまらない強さがここにはある。時代ごとに観客のニーズを敏感に察知し、海外から一流のアーティストを招聘。常に「世界標準」のサーカス芸術を日本の街々に届け続けてきた伝統こそが、揺るぎないブランドの基盤となっている。