番組後期の2000年、音楽プロデューサー・松尾潔を迎えて始動した「ASAYAN男子ボーカリストオーディション」は、当時の日本のR&Bブームを決定づける巨大プロジェクトとなりました。約2万人のエントリーから数々の過酷な合宿審査や仮ユニットテストを経て結成されたのが、堂珍嘉邦と川畑要によるデュオCHEMISTRYです。
2001年3月にリリースされたデビューシングル『PIECES OF A DREAM』は、オリコン週間チャートで初登場2位を記録したのちロングセラーを続け、ミリオンセラー(累計116万枚)を達成。ファーストアルバム『The Way We Are』は300万枚を超え、男性デュオの歴代記録を塗り替えました。
しかし、この男子ボーカリストオーディションが現在も伝説として語り継がれる最大の理由は、「選考に漏れた落選者たちのその後の破格の活躍」にあります。
最終選考まで残り、CHEMISTRYの2人と熾烈なデッドヒートを繰り広げた佐藤篤志は、落選直後にHIROからの誘いを受け、J Soul Brothers(後のEXILE)にボーカリスト・ATSUSHIとして加入しました。後にEXILEを日本を代表するモンスターグループへと押し上げた彼の軌跡は、まさに落選からの大逆転劇です。
さらに、同じく最終候補として存在感を放ったネスミス(NESMITH)も、ソロ活動を経てEXILEおよびEXILE THE SECONDの主力メンバーとして定着。また、最終候補の1人であった藤岡正明は、卓越した歌唱力を武器にミュージカル『レ・ミゼラブル』のマリウス役に抜擢され、日本演劇界を代表するミュージカル俳優としての確固たる地位を築きました。同じくファイナリストの佐藤洋介もボーカルグループでメジャー活動を経験するなど、このオーディションは極めて高い音楽的レベルを誇っていたことが実証されています。