ネイティブアメリカンの真実|呼称の差異から居留地の光と影まで徹底解剖

ネイティブアメリカンの真実|呼称の差異から居留地の光と影まで徹底解剖

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アメリカ先住民の近現代史を語る上で避けて通れないのが、19世紀前半に断行された領土の強奪と強制移住政策です。その象徴的悲劇が、チェロキー族をはじめとする南東部の諸部族を襲った「涙の旅路(Trail of Tears)」です。

1830年、アンドリュー・ジャクソン大統領によって制定された「インディアン移住法」に基づき、ジョージア州などの肥沃な先祖伝来の土地から、ミシシッピ川以西の未開の荒野(現在のオクラホマ州)へと強制的に追放されました。当時、チェロキー族は独自の文字体系(シクウォイアが考案した音節文字)を開発し、英字新聞を発行し、憲法を制定してアメリカ合衆国政府との共存を模索する極めて高度な社会を築いていました。しかし、彼らの領土から金鉱が発見されたこと、そして白人入植者の飽くなき土地への欲望によって、連邦最高裁がチェロキー側の主権を認める判決を下したにもかかわらず、軍隊による武力排除が断行されたのです。

1838年から1839年にかけての真冬、手錠をかけられ、家畜のように徒歩で行進させられた約1万6,000人のチェロキー族のうち、寒さ・飢え・病気によって4,000人以上が命を落としました。当時の生々しい日記や手記には、凍てつく地面に埋葬も許されず道端に遺体を残して行進を続けざるを得なかった絶望の記憶が克明に刻まれています。

さらに深刻な爪痕を残したのが、19世紀末から20世紀後半まで継続した「強制寄宿学校(インディアン寄宿学校)政策」です。「インディアンを殺し、人間を救う(Kill the Indian, Save the man)」という標語のもと、幼い子どもたちが家族から強制的に引き離され、部族言語の使用を固く禁じられ、伝統的な長髪を切られ、徹底した同化教育と過酷な虐待に晒されました。この政策が生み出した世代間トラウマ(Intergenerational Trauma)は、家庭崩壊やアルコール依存症、アイデンティティ喪失という形で、現在も居留地コミュニティに暗い影を落とし続けています。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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