『五月の蝿』に関して、ネット上では「RADWIMPSが突如としてダークサイドに堕ちた異端の鬱曲」と語られることが少なくありません。しかし、これはバンドの歴史を俯瞰した際には明確な誤解といえます。
初期のインディーズ時代から、RADWIMPSは『ジェニファー山田さん』のようなシニカルなユーモアや、『おしゃかしゃま』『狭心症』に見られるような社会や人間存在への鋭い批評性・絶望感を常に楽曲に内包していました。光と闇が同居する複雑さこそが彼らのアイデンティティであり、『五月の蝿』は唐突な変異ではなく、バンドが培ってきたダークネスと表現力の到達点だったのです。