成田空港の航空写真や衛星地図を拡大すると、第1ターミナル南西側、誘導路に挟まれた場所にぽっかりと緑の区画が浮かび上がります。この場所が木の根ふれあいの森と呼ばれるエリアです。一体なぜできたのか、その背景には昭和から平成、令和へと続く日本の戦後開発史における最大の激突、いわゆる「三里塚闘争(成田空港問題)」の根深い歴史が刻まれています。
1966年に閣議決定された新東京国際空港の建設計画に対し、地元農民や支援学生らは激しい反対運動を展開しました。その対抗手段の一つとして用いられたのが、用地内の土地を細分化して多数の支援者名義で登記する「一坪共有地運動」でした。木の根ふれあいの森および隣接する木の根ペンションの敷地は、国や空港公団(現・成田国際空港株式会社=NAA)による土地収用を拒み、反対派が権利を保持し続けた象徴的な拠点だったのです。
1980年代後半、反対運動の拠点を単なる闘争小屋から、都市住民や若者との交流を目的とした空間へと再編する試みの中で、自然と触れ合うコミュニティスペースとして「木の根ふれあいの森」と名付けられました。空港用地の買収が完了しないまま空港が開港・拡張された結果、滑走路と誘導路がこの敷地を迂回・包囲するように建設され、現在のような「空港の中の孤島」という極めて特異なロケーションが完成しました。