嘉永6年6月、異国の黒船が浦賀沖に姿を現した瞬間、幕府内に激震が走った。当時、浦賀奉行所の与力として勤務していた中島三郎助は、副奉行と偽って真っ先に黒船へと乗り込んだ。敵の真意を探り、幕府側の時間稼ぎを行うための死を覚悟した極秘任務だった。
対峙したのは、アメリカ艦隊司令長官マシュー・ペリーの側近たちだ。三郎助は気圧されることなく、船内の構造や大砲の配置を観察。圧倒的な軍事力の差を目の当たりにしながらも、凛とした態度で粘り強く交渉を続けた。彼の観察眼と度量は、ペリー側にも深い印象を残したと記録されている。