シンガーにとって、声が出なくなること以上の恐怖はない。渡瀬マキが機能性発声障害と診断され、思うように声が出せない苦しみを公表した際、音楽界には大きな衝撃が走った。日常の会話さえままならず、歌うことへのプレッシャーが重くのしかかる日々。一時は引退の二文字が頭をよぎるほどの絶望感を味わったという。
だが、彼女は足を止めなかった。地道なリハビリとボイストレーニングを重ね、専門医とともに自分の身体と徹底的に対話した。焦りを捨て、ミリ単位で声の感覚を取り戻していく過酷なプロセスを支えたのは、「もう一度ステージから笑顔を届けたい」という純粋な渇望だった。心身のバランスを再構築した現在の歌唱には、全盛期の鋭さに加え、痛みを経験した者にしか出せない温かな包容力が宿っている。