静岡県富士宮市を拠点に勢力を拡大した後藤組は、単なる武闘派にとどまらない異質の存在だった。山口組内でも屈指の資金力と行動力を誇り、建設業、不動産、さらには株式市場にまで進出。昭和から平成にかけてのバブル景気とその崩壊劇の裏で、暗躍を続けた。
金融機関や上場企業に対する不当な介入、総会屋との連携、大手企業との癒着。後藤忠政率いる組織が用いた手法は、従来の暴力集団というイメージを根本から崩壊させるものだった。圧倒的な脅迫力と高度なマネーゲームの技巧を融合させた攻勢は、警察庁にとっても長年にわたり最重要警戒対象であり続けたのである。