テレビの第一線で多忙を極める傍ら、愛川さんが私財を投じて情熱を注ぎ込んだのが「劇団キンキン塾」と自前の劇場「キンケロ・シアター」だった。若い演劇人を育て、自由な表現の場を残したいという純粋な演劇愛がそこにはあった。
彼は晩年、劇場に集う若い役者たちに向けて「どんな時代になっても、観客を喜ばせる心を忘れるな」と繰り返し説いていた。メディアや表現の形が変わっても、大衆の心を揺さぶる熱量は変わらない。彼が残した最後のメッセージは、言葉としてだけでなく、生涯をかけて表現に殉じた生き様そのものとして、次代を担う表現者たちの胸に今も深く刻み込まれている。