新日本木村ボクシングジムの歩みは、そのまま戦後日本のプロボクシング興隆史と重なります。ジムの礎を築いたのは、鋭い指導眼と情熱的な人間力で知られた木村七郎会長でした。
木村会長は「基本の徹底」と「相手の長所を殺す緻密な戦略」を信条とし、体格や才能だけに頼らない独自のボクシング理論を構築。その指導法から、世界・東洋太平洋・日本タイトルを獲得した王者が数十名誕生しました。
同ジムの歴史を語る上で欠かせないのが、世界フライ級の頂点に君臨した2大レジェンドの存在です。
1人目は、1980年代前半に旋風を巻き起こした小林光二氏です。1984年1月、名王者フランク・セデニョを破り、見事WBC世界フライ級王座を獲得。左ストレートを武器にしたスピード感あふれるボクシングは、当時の後楽園ホールを熱狂の渦に巻き込みました。
そして2人目が、1990年代初頭に日本中を沸かせたレパード玉熊氏です。1990年7月、韓国の李烈雨を12回判定で破り、WBA世界フライ級王座を獲得。クレバーな試合運びと強靭なメンタルを武器に世界の頂点に立った玉熊氏の戴冠は、木村ジムの育成力の高さを世界に知らしめました。
このほかにも、数々の日本王者や東洋太平洋王者が同ジムから輩出され、昭和から平成にかけて「リング上の虎の穴」として畏怖される名門ブランドを確立したのです。