里谷氏のキャリアを振り返る上で避けて通れないのが、2005年2月に発生した「六本木ナイトクラブ騒動」です。当時、一部週刊誌や夕刊紙によってスキャンダラスに報じられ、世間に大きな衝撃を与えました。しかし、ネット上で流布された過激な憶測と客観的な法的事実との間には、大きな乖離が存在します。
報道各社の取材データおよび公式記録によると、実際の事実は「東京都港区六本木のクラブ飲食店において、泥酔状態での接客態度をめぐる店舗側との口論およびグラス破損などのトラブル」でした。通報を受けて警察の事情聴取が行われたものの、逮捕や書類送検といった刑事事件には至っておらず、店舗側との間で示談が迅速に成立しています。
一部メディアで報じられた公然わいせつ紛いの過激な描写は、ゴシップ報道特有の誇張や真偽不明の噂が一人歩きしたものであり、公式な捜査記録や事実認定とは異なることが判明しています。全日本スキー連盟から「品格を欠く行為」として厳重注意処分と大会派遣見送り処分を受けましたが、里谷氏は深く反省し、その後の雪上トレーニングで結果を残すことで自らの存在意義を証明しました。
逆風の中で迎えた2006年トリノ五輪において、猛烈なプレッシャーを跳ね除けて決勝進出を果たした姿は、多くのスキー関係者に「競技に対する純粋な覚悟」を印象付けることとなりました。