トルコをめぐる国際政治の文脈で必ず話題にのぼるのが、「トルコはなぜEU加盟を目指し、なぜ実現しないのか」という問題です。
トルコが欧州統合の枠組みに参加を希望した歴史は古く、1959年にEUの前身である欧州経済共同体(EEC)への準加盟を申請、1987年に正式申請を行いました。トルコが欧州を目指した最大の動機は、「建国以来の国是である近代化・西欧化の完遂」と「強大な単一市場へのアクセスによる経済発展」です。
すでにトルコは1952年にNATO加盟国となり、西側陣営の防衛の盾として膨大な貢献を果たしてきました。さらに欧州評議会(CoE)の創設期からのメンバーでもあります。トルコ側からすれば、「防衛では命を張って欧州を守る盾となってきたのだから、政治・経済の統合体であるEUに入るのは当然の権利である」という論理が成り立ちます。
しかし、加盟交渉は長年にわたり暗礁に乗り上げています。その背景には以下の複合的な要因が存在します。
- 人口規模と議席の問題:トルコの人口は約8,500万人規模であり、もしEUに加盟すればドイツに匹敵または凌駕する巨大な議席・発言権を持つことになり、既存の欧州中核国が警戒感を抱く。
- キプロス紛争などの国境問題:EU加盟国であるキプロス共和国との間に未解決の領有・主権問題を抱えている。
- 人権基準と司法の独立性:死刑制度の廃止など法制度の西欧化を進めた時期もあったものの、政権の強権化や報道の自由をめぐり、EU側が提示する「コペンハーゲン基準(加盟条件)」を満たしていないとの批判が根強い。
- 宗教的・文化的な見えない壁:公式には否定されるものの、EU首脳陣や世論の本音として「人口の9割以上がイスラム教徒である国家を『キリスト教文明圏を基盤とする欧州クラブ』に迎え入れること」への心理的抵抗感が根強く横たわっています。
こうした経緯を経て、現在のトルコは西側一辺倒の外交から舵を切り、中東諸国、中央アジアのテュルク系諸国、さらにはBRICSや上海協力機構(SCO)など非欧米圏とも等距離で関係を結ぶ、独自のユーラシア大陸の架け橋としての自律外交を強めています。