岸信介は何した?A級戦犯から首相へ上り詰めた「昭和の妖怪」の真相

岸信介は何した?A級戦犯から首相へ上り詰めた「昭和の妖怪」の真相

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岸信介の凄みを知る上で欠かせないのが、戦前の満州国での経歴です。商工省の若きエリートだった岸は、当時日本の傀儡国家とされた満州国へ渡り、総務庁次長として産業開発を事実上牛耳りました。軍部の実力者だった東條英機や、日産コンツェルン総帥の鮎川義介らとともに「二キ三スケ」と呼ばれ、国家社会主義的な統制経済を導入して急速な工業化を成し遂げました。

帰国後は東條内閣の商工大臣に就任しますが、太平洋戦争の戦況悪化に伴い、早期講和を唱えて東條と激しく対立。閣内にありながら東條の退陣要求を拒否し、内閣総辞職に追い込むという強烈な意地を見せました。

しかし敗戦を迎えると、開戦の詔書に署名した閣僚の一人としてA級戦犯容疑者に指名され、巣鴨プリズンへ送られます。死刑判決を受けた東條らとは対照的に、岸は1948年12月に不起訴処分となり釈放されました。

なぜ岸は不起訴になったのか。その最大の理由は、東條英機との決定的な対立関係が立証されたこと、そして米ソ対立が激化する中で「日本を反共の防波堤にするため、優れた行政手腕を持つ岸を温存したい」というアメリカの冷戦戦略の思惑が合致したためでした。獄中から生還した岸は、この恩赦にも近い命を「日本の独立完成」のために捧げる決意を固めます。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。