昭和歌謡の入門書や一般的なベスト盤紹介において、村田英雄のキャリアは往々にして『無法松の一生』(1958年)と『王将』(1961年)の2曲で語り尽くされがちです。その結果、『花と竜』は一部の熱狂的な任侠映画ファンや演歌マニアだけの名曲として過小評価されるという「歴史の死角」が生じています。
しかし、当時のレコード売上推移や地方興行における動員データを精査すると、現場における『花と竜』の支持率は『王将』に匹敵、あるいは現場労働者の熱狂度においてはそれ以上であったことが浮き彫りになります。『王将』が坂田三吉の孤高の天才性と将棋盤上の孤独を描いた「個のドラマ」であったのに対し、『花と竜』は仲間を救い、家族を守り、組織の不条理と戦う「連帯と闘争のドラマ」でした。
また、現代の視点から「古い任侠映画の暴力賛美ではないか」という短絡的な誤解を持たれるケースも少なくありません。しかし、火野葦平の原作を丹念に読み解けば明らかなように、本作の本質は「理不尽な暴力に対する労働者たちの防衛と人間性の回復」にあります。石炭積み出しの利権を牛耳る悪辣な胴元から、日当すらピンハネされていた沖仲仕たちの命を守るため、やむなく体を張ったのが玉井組でした。
何より本作の芯にあるのは、妻マンとの対等な絆です。危険な修羅場に飛び込む夫をただ従属的に待つのではなく、自らも飯場を切り盛りし、夫が道を誤りそうになったときには毅然として叱咤する。明治・大正の過酷な時代に生きた女性の揺るぎない自立心と知恵が描かれている点において、本作は決して旧弊な男尊女卑の産物ではなく、極めて先進的な人間協奏曲だったと言えます。