キャラバンサライの制度を世界屈指の商業ネットワークへと昇華させた立役者が、セルジューク朝およびそれに続くオスマン帝国です。アナトリア半島から中東、東欧に至る大動脈に沿って、帝国は官設のキャラバンサライを網の目のように整備しました。
ここで特筆すべきは、イスラムの寄進制度(ワクフ)を基盤とした高度な福祉・保険システムです。帝国領内の主要キャラバンサライでは、旅人の身分、国籍、宗教(イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒)を問わず、最初の3日間の宿泊費と食事が原則無料で提供されました。万が一、施設周辺で盗賊被害に遭った場合でも、国家が損害を補償する公的保険の仕組みまで整えられていたと記録されています。
統治者にとってキャラバンサライは単なる慈善事業ではなく、莫大な関税収入を確保し、中央集権の威信を辺境に示す軍事・情報中継基地でした。キャラバンサライとオスマン帝国の関係性は、今日の高速道路網と巨大物流ターミナル、そしてサービスエリアを一体化したインフラ構想そのものだったと言えます。