世間を騒がせた中村芝翫の報道の真相を振り返ると、発端は2016年の八代目襲名直前に報じられた京都の人気芸妓との密会でした。この際は三田寛子が「ここからが彼の男としての見せどころ」「雨降って地固まる、となれば」と報道陣の前で毅然と頭を下げ、その神対応が世間から絶賛されました。
しかしその後、2021年に報じられた京都のファン女性との連泊疑惑、さらに続く別宅への女性出入り報道など、度重なるスキャンダルが週刊誌を賑わせました。これが決定打となり、世田谷の本宅から神谷町の稽古場別宅へと生活拠点が完全に分かれることとなりました。
メディアで語られる中村芝翫の別居理由には、感情の亀裂だけでなく、歌舞伎役者特有の物理的・精神的要因が絡み合っています。関係者の証言によると、深夜に及ぶ義太夫や台詞の稽古、舞台前の精神統一を行う上で、かつての芝翫の父・七代目も別宅や稽古場を重宝していました。また、長男・四代目中村橋之助、次男・中村福之助、三男・中村歌之助がそれぞれ成人し、立派な歌舞伎役者として独り立ちしていく過程で、家庭内の生活リズムが大きく変化したことも別居生活の長期化を後押ししました。
なぜ離婚に至らないのかという疑問に対し、梨園の内部事情に詳しいジャーナリストは「成駒屋という巨大な看板を守るため、三田寛子が自らの一時の感情で暖簾を下ろすような選択を絶対にしない覚悟を持っているからだ」と指摘します。不貞行為を許容しているわけではなく、「公私の境界線」を明確に引くことで、組織としての成駒屋を守り抜く道を選んでいるのが真相です。