ドリフターズに関してネット上で頻繁に囁かれるのが、「荒井注はいかりや長介との深刻な確執・不仲でグループを追い出されたのではないか」という俗説です。しかし、当時の記録や関係者の証言を丹念に検証すると、この噂が実態と異なることが浮き彫りになります。
荒井注の脱退理由と経歴の真相は、過密スケジュールによる「心身の限界」でした。『8時だョ!全員集合』が社会現象となり、週1回の生放送に向けて毎日のように深夜まで続く過酷なネタ会議とリハーサル。最年長格だった荒井さんは当時40代半ばに差し掛かっており、「体力的にもうリーダーの要求するハードな動きについていけない」「これ以上やると死んでしまう」と自ら降板を申し出たのが真実です。
いかりや長介さんは著書『だめだこりゃ』の中で、荒井さんの脱退申し出を受けた際の苦悩を率直に明かしています。慰留を重ねたものの本人の意志が固かったため、荒井さん自身が「自分の代わりに若い志村(当時付き人だった志村けんさん)を入れてやってくれ」と推薦し、半年間の引き継ぎ期間を経て円満にバトンタッチが行われました。現に、荒井さんの脱退後も特別番組で共演を重ねており、単なる仲違いというネット言説は明らかな誤解です。
また、いかりや長介と歴代メンバーの歴史を遡ると、ドリフターズは元々1956年に結成された名門マウンテンボーイズを母体とするロカビリー・コミックバンドでした。いかりやさんがリーダーに就任する以前には、坂本九さんが短期間在籍していた時期や、小野ヤスシさんらが所属していた「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」の時代も存在します。現在の5人体制が成立するまでには、脱退と再編を繰り返した重層的なバンド史が存在していたのです。