ドリフターズの生存者や歴史を語るうえで、インターネット上ではしばしば事実誤認や憶測が飛び交っています。ここでは代表的な2つの論点について真相を整理します。
「6人目のドリフ」すわ親治は現在どうしているのか?
「ドリフで生きてる人」を調べる際、加藤茶と高木ブーに加えてすわ親治の名前を目にすることが少なくありません。すわ親治は1952年生まれの現在73歳で、現在も精力的に舞台を中心に活動している俳優・コメディアンです。
彼が正式メンバーだったのかという点については、公式には「見習い・準メンバー」という位置づけでした。荒井注さんが脱退した1974年、志村けんさんとともに後釜候補として名が挙がり、付き人兼コントの補佐として長年『全員集合』にレギュラー出演しました。「オハズレ」「馬のいななき」などの強烈なギャグで知名度を獲得しましたが、正式なメンバー昇格には至らず、1985年に独立しました。正規メンバーではないものの、ドリフの激動期を現場で支えた重要な関係者として今もリスペクトを集めています。
荒井注の脱退理由は不仲ではなかったという真実
もうひとつの誤解が、初代メンバーの荒井注さんの脱退を巡る「メンバー間の確執説」です。荒井注さんが1974年3月に脱退した際、世間ではいかりや長介さんとの不仲が噂されましたが、実際の荒井注の脱退理由は純粋な「体力の限界」でした。
当時、毎週生放送で行われていた過酷なリハーサルとネタ作りについて、荒井さんは「体力が持たない」「若い志村に席を譲りたい」「何をやっても面白くなくなってきた」と本音を吐露していました。いかりやさんも慰留を重ねたものの本人の固い決意を尊重し、円満に志村さんへとバトンを渡したのが歴史の真実です。荒井さんは脱退後もドリフの特番にゲスト出演するなど、亡くなるまで良好な交流を続けていました。